社畜(もうすぐ会社だ……一日が始まる……)
社畜(自宅と会社を往復する毎日……)
社畜(責任あるプロジェクトからわけ分からん雑用まで忠実にこなす毎日……)
社畜(最近は、自分がなんの仕事をしてるのかよく分からんまま仕事してることすらある)
社畜(もはや、社畜どころかロボットの域だ……)
社畜(ここでふと思う)
社畜(もし、このまま会社のある駅で降りずに、終点まで行ったらどうなるんだろう、と)
社畜(どうなるんだろう? そんなもん決まってるじゃねえか!)
社畜(無断欠勤になるから、課長からこっぴどく怒られるに決まってる!)
社畜(怒られるだけならまだいい。今までに積み重ねた信頼みたいなもんは全部パーになるし)
社畜(クビまではいかなくとも、なんらかの処分だってありえる! バカなこと考えるな!)
社畜(だけど……ちょっとやってみたい)
今まで無遅刻無欠席の社畜がある日いつもの満員電車で珍しく席が空いて座って終点までいくやつ
『次は~、○○駅~、○○駅~』
社畜(あ、次の駅で降りないと……)
社畜(だけどなぜだろう……俺の足が動かない……動こうとしない……)
社畜(このままサボっちまえ、といっているのか……)
社畜(着いた……降りなきゃ……)
社畜(でも、足が動かない……動いてくれない……)
『ドア閉まります、ご注意ください』
プシュウウウウウウ… バタン…
社畜(閉まっちゃったよ、オイ)
携帯は勿論オフ
社畜(いや、まだサボると決まったわけじゃない!)
社畜(次の駅で降りて、すぐに引き返せば始業時刻には十分間に合う!)
社畜(そうすりゃ、またいつもと同じ日常に戻れるんだ!)
社畜(一時の気の迷いで、サラリーマン生活をドブに捨てるようなマネはやめろ!)
社畜(たしか今日は三つぐらい予定があったはずだし、マジでヤバイぞ!)
社畜(仮にサボるとしても、もっとヒマな別の日にしろ!)
社畜(だけどダメだ……足が言うことを聞かない……)
社畜(あっ、もうダメだ)
社畜(今から引き返しても、8時45分に会社に着くのは無理だ)
社畜(遅刻確定)
社畜(ハハ……あっけないもんだ……)
社畜(始業時刻になった)
社畜(なんの連絡もしてないから、きっとケータイに電話かかりまくってくるぞ……)
社畜(どうする……?)
社畜(ええい、電源切っちゃえ!)ピッ
社畜「ひ、ひひひ……ははははは……! やっちまった!」
社畜「これで俺は自由だ! 自由になれたァァァ!」
社畜(9時ちょい過ぎか……)
社畜(いつもの俺だったら、ちょうどメールチェックでもしてる頃かな)
社畜(一応ノートパソコンはあるから、仕事はやれるけど……どうする?)
社畜(――いや、もう俺は今日はサボるって決めたんだ!)
社畜(メールなんか見ないぞ!)
社畜「ビールちょうだい」
おばさん「はいよ~!」
社畜「…………」グビッグビッ
社畜「ぷっはぁっ!」
社畜「ビールうまい! 平日昼間からどころか、朝っぱらから飲むビール最高!」
社畜「ククク、一度やってみたかったんだ……!」
社畜(あまりにうまいから、三本も飲んじまった)
社畜(ビール飲んだら、だいぶ気が大きくなったぞ! うへへ、もう会社も課長も怖くねえ!)
社畜(俺は酔っても顔に出ないタイプだし、通行人から不審者がられることもないだろう)
社畜(よーっし、サボってやるぞぉ!)
社畜「ヒャッホーッ!!!」
社畜「ビール飲んだら、ハラ減ってきちゃったなぁ……」
社畜「テレビでよくあるノープランな旅番組、みたいなノリで適当な店に入ってみるか」
社畜「お、あそこに定食屋がある!」
ガララッ!
社畜「お邪魔しまーす!」
看板娘「いらっしゃいませ」ニコッ
社畜(うおっ、可愛い……!)ドキッ
社畜「まだ時間早いけど、もうやってる?」
看板娘「はい、お待ちしておりました」
社畜「ハハ、そりゃどうも。どっこいしょと」ドスンッ
看板娘「うふふっ……」
社畜「なかなかキレイな店だね、まるで君みたいだ」
看板娘「まぁ、お上手なんだから!」
社畜「いや、俺は本気だよ」
社畜「ハハ……(なんたって酔っ払ってるからね。何でも言えるわ)」
社畜「おほっ、うまそう!」
社畜(あれ、でも……俺、まだ注文してないような? ま、いいか)
社畜「えーっと、お代はおいくら?」
看板娘「まさか! お代なんて結構ですよ!」
社畜「へ? そうなの? まいいや、いただきまーす!」
社畜「!」ビビッ
社畜(このマグロ……柔らかくてうまい!)
社畜(とろけるような柔らかさで、ビールの刺激を受けた俺の胃袋にい~い感じに染み渡る)
社畜(肝心のお米は、と……)ハフハフッ
社畜「おお、こっちもうまい! マグロの冷たさを熱々の炊きたてご飯が包み込んでくれる!」
社畜(さっぱりした塩味がきいてて、口の中が唾液だらけになって食欲が進む!)
社畜(味噌汁も最高!)ズズッ…
社畜(熱々の汁の中に、入ってるやわらか~い豆腐がたまらない!)
社畜「ぷっはーっ! ごちそうさまでした!」
看板娘「あ、あの……いかがでしたでしょうか?」
社畜「いやー、うまかったよ! どうもありがとう! ごっそさん!」
看板娘「まさか、お世辞などでは……?」
社畜「いやいや、本音だって! これがウソついてる顔に見えるかい?」
看板娘「自信がつきました! ありがとうございます!」
社畜「あー食った食った」シーシー
社畜(楊枝をその辺のゴミ箱に捨てて、と……)ポイッ
社畜(まさか会社をサボっていきなりあんな体験ができるとはね、ツイてる)
社畜「きっとあの店は流行るよ……間違いない!」
社畜(腹ごしらえしたら、コーヒー飲みたくなったな……)
社畜(よっしゃ、喫茶店入るか)
ウェイトレス「コーヒーです」コトッ
社畜「ありがとう」
社畜「…………」グビッ
社畜(お、なかなかうまいじゃないか。ピリリとした酸味がいい)
社畜(今日の俺は、ビール、マグロ丼、コーヒーと、なかなかカオスな食生活をしてるな)
社畜(……そういや会社はどうなってんだろ)
社畜(会社のケータイに不在着信が入りまくってそうだ……)
社畜(バカ、気にするな! 気にしたら負けなんだ!)
社畜「…………?」
社畜(なんだこいつ、馴れ馴れしいな。他の席に行けよ)
社畜「どうも~!」ニコッ
社畜(と思いつつ、営業スマイルをしてしまうのが社畜のサガである)
社畜「へ? あ、どうも」サッ
社畜(名刺交換までしてしまった。悲しい習性である)
社畜(なんなんだこいつ、いきなり)
社畜(ははぁ~ん、分かったぞ?)
社畜(よその企業だと、度胸試しのために全然知らん奴と名刺交換させる、なんて研修があるらしいが)
社畜(こいつもその研修の真っ最中のようだ)
社畜(よーし、どうせヒマだし付き合ってやるか……)
社畜「ま、おかけなさいよ。みっちり話し合いましょう」
スーツ男「そうしましょう!」
シカトしたが
スーツ男「そうなんですよねぇ~、ホントあそこは納期にうるさくて」
社畜「分かります分かります。こないだも無茶ぶりされて……でも大手だしねえ……」
社畜(ほう、こいつなかなか話せる男じゃないか。会話してて楽しいよ)
社畜(なぜか俺がいる業界のことについても詳しいし)
社畜(こういう人と一緒に仕事ができれば、もっと楽しいんだろうな)
社畜「あ、もしかして花粉症ですか?」
スーツ男「そうなんですよ……だからこの時期はホントつらくて……」グシュッ
社畜(だったら、なんか紙をあげるか……)ガサゴソ…
社畜「これ、どうぞ」サッ
スーツ男「あ、この書類は! どうもありがとうございます!」
社畜(そういや、さっきチリ紙代わりに渡した書類……結構、重要な書類じゃなかったっけ?)
社畜(A社と合同でやるプロジェクトに関する書類だったような……)
社畜「ま、いっか!」
社畜「ヒャハハハハハハッ! どうでもいっか!」
社畜「……よくねえよ」
社畜「いくらなんでもこれはヤバイ! クビが現実的になっちゃう!」
社畜「さっきの人、捜さなきゃァ!!!」タタタタタッ
社畜(くそ~……結局見つからなかった、どうしよう……)
社畜(しかも、適当に走りまくってたら、どこ走ってるか分からなくなっちまった)
社畜(とりあえず、××駅に戻らなきゃな……)
社畜(でも、タクシーもバスも走ってないし……)
社畜(こうなりゃヒッチハイクだ!)
社畜(自分はどこどこの社員ですって看板を作って、車に乗せてもらおう!)
おっさん「おお~、どうもこんにちは」
社畜(おお、トラックのおっさんが止まってくれた! ラッキー!)
社畜「乗せてもらっていいですか?」
おっさん「いいともいいとも!」
社畜「ハハハ、助かりますよ~」
おっさん「ハハハ、なかなか面白いねえ、あんた」
社畜「ハハハ、そっちこそ」
社畜(このおっさんもなかなか気が合うし、話も合うな)
社畜(今日は会う人会う人がみんないい人な、不思議な日だ……)
おっさん「はい、到着だ!」
社畜「どうもありがとうございました」
おっさん「いやいや、こんな楽しい打ち合わせは久しぶりだったよ!」
社畜「こちらこそ~!」
おっさん「それじゃまた!」
ブロロロロ……
社畜(なかなかいいおっさんだったな……二度と会うこともないだろうけど)
社畜「さて、時間は、と……昼の1時かぁ~……つまりもう午後、と」
社畜「あ」
社畜(時間を知ったとたん、一気に酔いが……覚めた……)サー…
社畜(ああ~……サボっちまった! サボりまくっちまった!)
社畜(どうしようどうしよう!)
社畜(会社のある駅で降りず、ケータイ切って、ビール飲んで、メシ食って、おしゃべりして……)
社畜(挙げ句、重要な書類を失くして、会社の名を出してヒッチハイクまでかます始末!)
社畜(俺は何をやってるんだぁ~~~~~~~~~~~!!!)
社畜(猛烈に後悔と罪悪感が襲ってきた……!)
社畜「俺はなんてバカなことをしちまったんだ!!!」
社畜(きっと不在着信がすごいことになってるぞ……)
社畜(下手すりゃ100件ぐらい来てたりして……)
社畜(メールも全然見てねえし、やべえやべえやべえやべえやべえ、やばすぎる!!!)
社畜「…………」ドキドキドキドキドキ
社畜(不在着信がある様子はない……どういうことだ?)
社畜(もしかして、俺って会社にとってわりとどうでもいい存在だったってオチ?)
社畜(それはそれで寂しい……)
社畜「って、落ち込んでる場合じゃない! とにかく電話しないと!」
社畜「えぇ~っと、ウチの課は、と……」ピッピッ
プルルルル… プルルルル…
社畜「…………」ドキドキドキドキドキ
社畜「課長! 申し訳ありませんでした!」
社畜「私、今日は会社に出社もせず、仕事もせず……」
課長『は? 何をいってるんだね?』
課長『君はしっかり仕事をしてくれたみたいじゃないか』
課長『三件の予定とも、こちらにもお礼の電話があったほどだよ。よくやってくれた』
社畜「……は?」
社畜(なにいってんの、この人……? 俺は今日、仕事なんか全くしてないぞ)
社畜(今日の予定――)
・取引先の愛娘さんがオープンした定食屋で試食(お世辞が嫌いな人らしいので注意!)
・A社の□□さんと打ち合わせをして、例のプロジェクトの書類を手渡す
・運送会社の社長さんと打ち合わせ(本人もトラックを乗りまわしてる元気なおっさんらしい……)
社畜「……マジかよ」
なるほどな
社畜「い、いえっ!」
課長『そりゃさすがだ! やっぱり君はできる男だねえ!』
社畜「へ?」
課長『実は社内に巧妙なウイルスメールがばら撒かれて、みんなそれを開いてしまって』
課長『てんやわんやになってるのだよ』
課長『というわけで、すぐ会社に戻ってきてくれたまえ! よろしく!』
社畜「は、はいっ!」
プッ… ツーツー…
悲しい話だな
社畜「まさか、サボってるつもりが知らず知らずのうちに仕事こなしてたなんて……」
社畜「俺ってとことん社畜体質なんだなぁ……ハハ」
社畜「おっと、こうしちゃいられない」
社畜「ウイルスメールなんかに引っかかったみんなのヘルプをしてやらないと」
社畜「さぁ~て、会社に戻るか!」
―終―
乙